論文内容の要旨

【題名】
The Neural Representation of Stereoscopic Depth in Macaque Visual Cortical Area V4
(マカクザル視覚皮質V4野ニューロンにおける両眼立体視による奥行きの表現)

田辺 誠司 博士(工学)

論文審査委員
(主査)教授 藤田一郎
(副査)教授 大澤五住、教授 山本亘彦、教授 佐藤宏道、教授 Ralph D. Freeman


 視覚システムの末端では、眼前の3次元世界が網膜における2次元投影像となる。外界の奥行きに関する情報はここで失われるが、視知覚上では十分に奥行きが存在する。視覚システムが網膜における2次元の外界投影像から、眼前の3次元世界の構造に関する情報を作り出している。ヒトの左右眼は約6cm離れており、互いの網膜投影像にはわずかなずれが生じている。このずれは両眼視差と呼ばれ、脳はニれを視覚対象物の立体構造を復元するために重要な手がかりとして用いる。両眼立体視の情報処理において、一次視覚野で初期処理が行なわれた後、その信号が大脳皮質の数多くの視覚鎖野へと送られる。このことから高次視覚鎖野において、より奥行き知覚と合致した脳内表現へ変換されると予想される。本論文は、サルの後頭ー側頭経路(「腹側経路」)の中段、V4野における両眼立体視情報処理の内容を、単一神経細胞の視覚反応を記録・解析することで、解明を試みたものである。
 コンピュータディスプレー上の1点を注視するようにサルを訓練し、注視している最中のV4野単一神経細胞から活動電位を細胞外記録した。ランダムドットステレオグラム(RDS)のドットの一部に両眼視差をあたえ、両眼視差の量を変えたときのV4細胞の反応変化を解析した。ダイナミックRDSには単眼性位置ずれをともなわずに両眼視差を与えることができる。このような条件下において、V4細胞の多くは両眼視差の変化に対応して反応を変化させることが示され、V4細胞が真の両眼視差選択性を特つことを確定した。両眼視差チューニング曲線の定量的解析の結果、V4細胞の多くは交差視差を最適視差としており、またチューニング曲線の変化率が最大になる部分が0視差近傍にあるという特色を特つことを明らかにした。さらに、RDSの左眼像の白い(黒い)ドットに対応する右眼像のドットを黒(白)にした輝度反転RDSに対するV4細胞の反応を調べた。輝度反転RDSでは、左眼像と右眼像の大域的な対応をとることができず、ヒトもサルも奥行きを感じることができない。 V4野細胞は、輝度反転RDSに含まれる両眼視差には反応しなかった。この性質は、輝度反転RDSに含まれる両眼視差に反応してしまう一次視覚野細胞や頭頂葉経路のMT野やMST野の細胞の性質とは大きく異なり、V4野において両眼像対応の処理が一段と進んでいることを示している。
 上記の結果は、霊長類大脳における両眼立体視情報処理過程に関する理解を進め、両眼立体視の脳内メカニズム解明にむけての重要な知見を提供した。本論文の実験的パラダイムは、計算論的に脳内情報処理を捉え、生理学的にそのメカニズムを検証したものである。このようなパラダイムを広く適用するニとて、神経系による情報処理が、個体にとって有益な情報を感覚系末端の刺激から抽出し、脳内において最終的に知覚が生成される過程を解明する一助となる。