論文内容の要旨

【題名】
Integration of Intrahemispheric and Interhemispheric Visual Information in the Monkey Inferior Temporal Cortex
(サル下側側頭葉皮質における大脳半球間の視覚情報統合)

川嵜 圭祐 博士(理学)

論文審査委員
(主査)教授 藤田一郎
(副査)教授 大澤五住、教授 佐藤宏道


   物体視経路の最終段である下側頭葉皮質TE野の細胞の多くは、15º以上の受容野を持ち、一部の細胞の受容野は視野の垂直経線を越え同側視野におよぶ。TE野細胞の刺激選択性は、刺激提示位置によらず保存されており、この性質が位置不変的な物体認識に寄与していると提唱されている。本研究ではこのような全視野を覆う広い受容野の生成メカニズムを解明するために実験を行った。ニホンザルのTE野から単一細胞の活動を細胞外記録した。視覚刺激はグレースケールの様々な形である。中心視位置に64枚の刺激それぞれを呈示して、最適刺激、その75%、25%の強さで応じた刺激、最も応答の小さかった刺激の4刺激を選び出した。この4刺激を縦15ºx横22ºの視野内の9点に呈示して応答を解析した。10spikes/s以上の十分な視覚応答を示した細胞のう54%が、水平方向22º以上にまたがる受容野を持っていた。4刺激を対側視野に呈示した時の反応と、同側視野に呈示した時の反応は、55個中16個の細胞で有意な相関を示し、視覚刺激に対する図形選択性は同側視野と対側視野の間で似ていた。TE野では、よく似た図形特徴選択性をもつ細胞が皮質に垂直方向に集まって図形特徴コラムを形成している。左右のTE野間の対側投射が受容野同側視野部分への直接の入力源である場合、対側投射は分散的ではなく特異的な投射様式をもつことが予想される。そこで本研究では、直径500μm以下の微小領域に神経標識色素を注入して、対側投射様式を調べた。TE野の対側投射は対側半球のTE野で0.5mmから1mmの局所領域で軸索終末を分岐して、4-7個の集団を形成していた。このことは、TE野の対側投射が特異的な図形特徴コラム同士を結びうることを示している。次に、両側性受容野を持つ細胞の応答を記録しながら対側TE野の神経活動を局所麻酔剤により不活化して応答変化を調べた。左右15º以上の広い受容野を持っていた細胞は不活化後、同側視野の受容野を消失した。しかし対側視野及び中心視野における刺激選択性は不活性化前後で変化しなかった。以上の結果から、本研究は、両半球に存在する刺激選択性の似たコラム同士が結びつくことによってTE野の両側性受容野が生成されるというモデルを提唱した。


以下、公聴会での要旨:

   物体視経路の最終段である下側頭葉皮質TE野の細胞の多くは、15°以上の受容野を持ち、一部の細胞の受容野は視野の垂直経線を越え同側視野におよぶ。TE野細胞の刺激選択性は、刺激提示位置によらず保存されており、この性質が位置不変的な物体認識に寄与していると提唱されている。本研究ではこのような全視野を覆う広い受容野の生成メカニズムを解明するための実験を行った。
   TE野の入力野またはその前段であるV1,V2,V4,TEO野では、視覚情報は対側の脳半球(すなわち、右視野は左半球で左視野は右半球)で処理される。従って、TE野細胞の同側視野への反応は、反対側半球からの入力に依存すると予想される。事実、対側V1の破壊や、脳梁と前交連の切断により同側視野に受容野を持つ細胞が消失する。しかし、以上の主張は、TE野細胞の受容野を、細胞活動をスピーカーで聴覚的にモニターし手でプロットした解析に基づいている。従来の結果が、刺激提示やデータ取り込みをコンピュータ制御下で行っても再現できるか、また再現できた場合、視覚経路のどのレベルでの交連結合が左右視野の統合の基盤となっているかは不明である。これらの点を明らかにするためにまず受容野の定量的な解析を行った。
   麻酔・不動化したサルを用い、64枚の視覚刺激に対するTE野単一細胞の活動を細胞外記録した。各刺激はグレースケールの様々な形(顔、十字など)で大きさは4°である。まず中心視位置に64枚の刺激それぞれをランダム順に1秒間呈示して10試行の平均発火頻度をもとに、最適刺激、その75%、25%の強さで応じた刺激、最も応答の小さかった刺激の4刺激を選び出した。この4刺激を中心視位置を中心にした縦15°x横22°の視野内の9点に呈示して応答を解析した。単離された515個の細胞中470個が少なくともある位置に呈示された1つの刺激に対して統計学的に有意な視覚応答を示し(Mann-Whitney's U-test, p<0.05)、その内103個が最大10spikes/s以上の視覚.答を示した。その内の54細胞(52%)が対側視野110、同側視野11°に広がる22°以上の両側性受容野を持つと確認された。これらの細胞の同側視野の刺激に対する反応強度は、対側視野に比べて小さかった。また反応潜時も、46ミリ秒(中央値)長かった。しかし、4刺激を対側視野に呈示した時の反応と、同側視野に呈示した時の反応の類似度を調べると、54個中16個で有意な相関を示し(Pearsonの相関係数,p<0.05)、その相関値の分布は、対側視野と中心視野を比較した相関値の分布と差がなかった(U-test, p>0.2)。以上の結果は、視覚刺激に対する図形選択性は同側視野と対側視野の間で似ていることを定量的に示している。
   上記実験により確認された同側視野11°以上におよぶ受容野は、対側半球からの入力がなくては実現できない。V1-V4レベルでの半球間神経連絡は、視野再現地図における垂直経線近傍に限られるため、TE野細胞の受容野形成には、下側頭葉皮質または前頭葉皮質のレベルでの半球間神経連絡が関わっていると考えられる。そこで本研究では、左右のTE野間での神経連絡を神経解剖学的に解析した。TE野の図形特徴コラムの大きさ(<500μm)の微小領域に神経連絡標識色素を注入した。対側投射の軸索終末を標識する順行性色素としてBiotinylated dextranamine(BDA)を用いた。TE野の対投射は対側半球のTE野で0.5mmから1mmの局所領域で軸索終末を分岐して、4-5個の集団を形成していた。
   この投射が同側受容野の形成に寄与している可能性がある。この投射が、両半球TE野に存在する刺激選択性の似た神経細胞同士を結ぶものであれば、対側のTE野を不活性化して同側視野の情報を遮断した場合、両側性受容野の同側視野部分は消失するが中心及び対側視野での選択性は不変であると予想される。そこで両側性受容野を持つ細胞を記録しながら対側TE野の神経活動を局所麻酔剤リドカインを用いて不活性化して応答変化を調べた。左右15°以上の広い受容野を持っていた細胞は不活性化後、同側視野の受容野を消失した。しかし対側視野及び中心視野の5つの刺激に対する応答の刺激選択性は不活性化前後で変化しなかった。
   以上の結果は、両半球に存在する刺激選択性の似たコラム同士が結びつくことによってTE野の両側性受容野が生成されることを示唆する。