論文内容の要旨

【題名】
Global and  local processing of visual images in macaque monkeys
(マカカ属サルにおける物体像の全体的および部分的形態の視覚処理)

田中 秀樹 博士(医学)


【目的】
右大脳半球損傷の患者では物体全体の形態処理に、左大脳半球損傷の患者ではその部分の形態処理に障害が起こることが報告されている、また心理学実験では、健常者は視覚刺激図形全体の形態をその部分の形態よりも速く知覚することが報告されている。これらの報告は、物体の全体と部分の形態処理には異なった神経基盤が存在することを示唆している。しかしながら、ヒト大脳皮質の解剖学的、生理学的知識は乏しく、物体の全体と部分の形態処理に関わる神経基盤を議論することは難しい。そこで本研究では、ヒトを含めた霊長類の中で解剖学的、生理学的研究が最も詳細に行われているマカカ属サルを用いて物体の全体と部分の形態処理に関わる神経蓋盤を明らかにすることを試みた。まず、サルにおいてヒトと同じように図形全体がその部分よりも速く知覚されるかどうかを調べた。次にサルが視覚図形の全体あるいは部分の形態を弁別するときの脳局所血流量(rCBF)の変化を陽電子断層撮影(PET)法を使って評価し、サル大脳皮質で物体の形態処理に関わる脳領域を調べた。

【方法ならびに成績】
本研究では2頭のニホンザルを用いた。小さな文字(0.4°)からつくられている大きな文字図形(2.7°)を視覚刺激図形として使用した(例、小さなNでつくられる大きな逆向きのNなど)。大小の文字はN、Z、逆向きのN、逆向きのZの4つの文字から選ばれた。被験者に刺激図形を100ミリ秒間提示し、その提示前後に小さな矩形(0.2°)をそれぞれ500、600ミリ秒間提示した。図形全体の形態(大きな文字)を弁別するgloba1 taskとその部分の形態(小さな又字)を弁別するlocal taskの2つの課題をサルは学習した。Global(local) taskでは、図形の全体(部分)にNまたはZが現れたらすぐにレバーを押し、それ以外の場合には小さな矩形が消失してからレバーを押すように訓練した。サルに課題を遂行させるため正応答には報酬として水を与えた。正答率が90%を超えるまで訓練を行い、データを収集した。 応答時間を各個体毎に2元配置分散分析(主効果:課題と大小の文字)で解析した。2頭のサルにおいて、応答時問はglobal taskではlocal taskよりも短かった(課題の違いによる主効果、P<0.01)。これは図形全体の形態はその部分の形態よりも相対的に速く知覚されることを示している。さらに、大小の文字が同じ図形(例、小さなNでつくられる大きなN)に対する応答時間は、大小の文字が異なる図形(例、小さなNでつくられる大きな逆向きのN)に対する応答時聞よりも短かった(大小の文字の違いによる主効果、p<0.01)。これらの結果は、全体の形態処理が部分の形態処理より常に先行するのではなく、全体の形態処理においてもその部分の形態処理が影響を及ぼしていることを示している。つまり、全体と部分の処理には何らかの相互作用が存在し、両者の処理は非常に隣接した脳領域で行われていると予想される。同じ課題を用いたヒトを被験者とした心理実験も行い、同様の結果を得た。 次に、同課題遂行中に活動する脳部位を特定するためにPET法を2頭のサルに適用した。H215O(約1.2GBq)をbolus injectionし、サルがglobal taskまたはlocal taskを遂行している間に動物用高解像PETカメラで60秒間データを収集した(各課題15-21スキャン)。データ解析は各個体毎に2つの課題間でサブトラクションを行い、rCBFの変化(p<0.01)が見られる脳領域を探索した。Global task中には下側頭葉後部(TEO野)が、local task中よりも強く活動した、逆に、1ocal task中にはTEO野よりも高次視覚領野に相当する下側頭葉前部(TE野)が、global task中よりも強く活動した。本実験の2頭のサルではヒトで見られるような半球差は確認できなかった。

【総活】
心理学実験によりサルとヒトで類似した結果が得られた。これは両者の視覚処理過程の少なくとも一部には共通した神経華盤が存在することを示唆している。心理学実験の結果と一致して、サルでは図形全体の形態処理はその部分の形態処理よりも早い段階で行われ、どちらの処理も物体の形態処理に関与する腹側視覚経路で行われることがPET実験で示された。この結果は、下側頭葉皮質は物体の全体と部分の処理において前後軸方向に沿って機能分化していることを示唆している