数理科学 特集;ニューロサイエンス最前線 415: 42-49., 1998

記憶と学習の脳内メカニズム

藤田一郎

はじめに
 「もっと記憶力があればなあ。」とため息する受験生、言葉を話し始めた幼児を持つ親、もの覚えが不確かになってきたことを嘆く中高年者──多くの人が、「記憶や学習」を支えている脳のメカニズムについて一度は思いをはせたことがあるだろう。記憶や学習という脳の持つ機能は、数学の公式や地理を学ぶこと、言葉や約束を覚えることにとどまらない。「自分である」ことの実に多くが、われわれの学習・記憶能力に依っている。個人の考え方、ふるまい、嗜好、運動能力の大部分が、生まれてからの学習の結果、獲得されたものである。さらには、ものを見る、聞くという知覚や、自分が自分であるという自我意識も、一瞬前、1日前、10年前の自分と今の自分との間に連続感があることに基づいており、記憶機能と関係している。
 したがって、神経科学において、記憶・学習の問題が、大きなテーマとして、様々な角度から探求されているのも不思議はない。個々では、そのような研究から生まれた「記憶は単一の現象ではなく、複数の種類からなる」という考えを軸に、人を含む霊長類における記憶・学習のメカニズムを概観する。