「大脳視覚野の生理学」川人光男編 岩波講座認知科学 第3巻「視覚・聴覚」41-88(分担執筆)岩波書店, 1994

大脳視覚野の生理学

藤田一郎

 視覚(ものを見る)とは、網膜に投影された2次元情報から、われわれの眼前の3次元世界について推定する脳の情報処理過程である。その最終目的は、見ているものが何であり、どこにあってどう動いているかを明らかにし、われわれの行動を正しく導くことである。たとえば、急須から湯飲みにお茶をつぐときのことを考えてみよう。それぞれの物体の形・色・模様・陰影から、湯飲みと急須を区別する。どこに手を伸ばしどこに湯を注ぐかを知るために位置・距離の情報が必要であり、急須の柄を握るためには柄の形、大きさ、向きを知らなくてはならない。また、急須の口から流れ出る湯をうまく湯飲みに誘導するには、湯の軌跡とスピードの情報が必要となる。これらの情報の抽出過程には膨大なステップが含まれ、個々の情報処理の目的と内容は視覚の側面ごとに多岐にわたる。それら視覚の各側面に、脳の各領域はどのようにかかわっているのか。
 本章では、この問題を考える材料を提供することを目標に、視覚経路の代表的な領域について、細胞の性質と組織の構築を見ていく。また、章末で、視覚野に関する2つの大きな話題、神経細胞の周期的発火と可塑性について言及する。記述は、断らない限り、マカカ属サル(ニホンザルやアカゲザルなど)で得られた知見に基づき、必要に応じてヒトをふくめ他の動物の脳についても述べる。