細胞工学 Vol.17 No.6 : 969-979, 1998

脳を知る
物体形状の視覚情報処理

大阪大学大学院基礎工学科、大阪大学医学部
田中宏喜、藤田一郎

はじめに
 我々が日常生活で適切な振る舞いをするためには、自分を取りまいているものが何であるかがわからなければならない。これを行うための視覚系の役割──見ている物体の像からそれが何であるかを知る機能──が“視覚物体認識”である。この物体認識を行う際の重要な視覚手がかりは、対象物の形である。我々は輪郭線だけの図形を見ても、それが何を表しているかが容易にわかる一方、脳障害のために形を知覚できない患者は、色から物体が何であるのか知ろうとするがほとんどうまくいかない1)
 霊長類の脳には、物体形状の情報を処理・伝達するための視覚経路が存在する。本稿では、この経路において、どのように形情報が処理されているのかを見ていく。「氈D形の情報伝達のための視覚経路」では、視覚系が最もよく調べられているマカカ属サル(ニホンザルやアカゲザルなど)の視覚経路全体と物体形状の情報伝達を行う経路を概観する。「.腹側経路における形の検出過程」では、この経路を先へと向かうにつれて、ニューロンが物体形状に反応するようになっていく過程をテーマとする。特に、視覚刺激の様々な物理属性(明るさ、動き、色、両眼視差、ラクスチャー)を手がかりとした形の検出機構についての最近の研究成果を述べる。「。.物体認識のための形の情報伝達」では、この経路の最終段階であり、物体認識に必須の部位である下側頭葉皮質にスポットをあて、この領野における形の情報の処理、物体像の脳内表現のあり方について考える。