臨床科学 Vol.33 No.3 : 348-356, 1997
脳科学シリーズ

9.錯視のメカニズム
──だまし絵が語る視覚認識の脳内機構

宇賀貴紀
大阪大学医学部認知脳科学講座
藤田一郎
大阪大学医学部認知脳科学講座 教授

はじめに
 空高く照る月は小さく、ビルのあいまから昇ろうとする月は大きく見えるなどの場合を除き、日常生活で錯視を経験することは数少ない。しかし、視覚認知心理学の教科書をひもとけば、同じ長さのものが違った長さに見えたり、直線が曲がって見えたり、静止した図形が動いて見えたり、といった様々な錯視図形(だまし絵)が並んでいる。これらの図形は、人間の脳における視覚認識機構を垣間見るための素晴らしい道具となっている。
 本稿では、「私たちはなぜ錯視を見るのか」、「錯視を用いた研究は、視覚情報処理メカニズムについて私たちに何を語ってくれるのか」という問いに迫る。