研究

概要 / Outline


目を開けば豊かな視覚世界が広がり、何の努力もせずに、私たちを取り囲む世界のどこに何があってどのように動いているかを知ることができます。この時、頭を使っているようには思えず、人を好きになることや大きな決断をすることなどに比べて、心のできごとと呼ぶにはあまりにあっけないことに思えます。しかし、この感覚とは正反対に、「見る」ことは現象として不思議で複雑であり、「見る」ことを実現するためには、脳によるとてつもなくたくさんの仕事が必要です。外界の像は、目の奥の網膜で電気信号に変換され、その情報は脳へと送られます。脳の仕事は、その情報を徐々に加工処理して「ものを見る」ために適した形にしていき、最終的には「ものが見える」という心のできごとを成立させることです。私たちはこの過程を明らかにすることを通して、「脳が心を生むしくみ」の理解を進めたいと思っています。

私たちの主要な研究テーマは、①両眼立体視、②大脳皮質の機能構築とその発達、③アクティブビジョン(能動的視覚)、④質感情報の脳内処理です。動物の神経細胞の活動を記録解析する電気生理学的手法を主体に、2光子イメージング、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)、神経解剖学、心理物理学、理論モデル解析など様々な研究分野の技術・論理・概念を駆使して研究を進めています。脳情報通信融合研究センター、大阪大学超高圧電子顕微鏡センター、山梨大学、京都大学、京都市立芸術大学、筑波大学、Juelich Research Center (ドイツ)、University of Santiago Medical School(チリ)、Centre for Cognitive Neuroscience(オーストラリア)などとの共同研究を行っています。

概略は下に示すポスターを拡大してご覧ください。

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 両眼立体視のメカニズム / Binocular stereopsis


二つの目で見る世界は、片目で見る世界とは質的に異なる立体感を持っています。個々の物体は厚みを持ち、一定の容積を占め、距離の異なる二つの物体の間には空間があることが、「理解できる」だけではなくビビッドに感じられます。この感覚は、左右の目が横に6−7cmずれた位置から世界を見ていることに起因します。網膜に投影される外界像は左右の目の間で水平方向にわずかにずれており、そのずれの大きさと方向は対象物の奥行き位置によって決まります。この位置ずれ(両眼視差)に基づいて、視覚対象の奥行き位置を算出する脳機能は両眼立体視と呼ばれます。私たちが生きている世界が立体的なのだから、そう見えても何の不思議もない当たり前のことに思えますが、世界が立体的に見えることには深遠な科学的な問題が多くひそみ、数世紀に渡り哲学者や科学者の関心を引いてきました。それらの問題の探究は現代の神経科学にとって重要な課題であると同時に、二つの目の共同作業がうまく働かず両眼立体視ができない方々がその機能を取り戻すための基本的知見を提供します。

両眼視差の算出は大脳皮質の一次視覚野(V1野)で行われますが、奥行きの知覚の成立にはさらに上位の視覚連合野での情報処理を必要とします。側頭葉に向かう腹側経路と頭頂葉に向かう背側経路の両方がこの情報処理に関わっています。過去15年のわれわれおよび他研究室の研究により、腹側経路は、相対視差の算出、細かい奥行き知覚、面や3D物体の認識に関わり、背側経路は、絶対視差の伝達、粗い奥行き知覚、反射性輻輳開散運動の制御に関与することが判明してきました。腹側経路と背側経路はこのように両眼立体視の異なる側面にそれぞれ貢献しますが、両者を結ぶ神経線維束の形態学的・生理学的特徴が立体視力と相関することから、両経路の相互作用もまた両眼立体視にとって重要であると考えられます。

 

不思議! 左右の目には異なった世界が映っているのに、私たちは一つの立体世界を知覚

名優左ト全氏(写真左)は、かつて、「両目はどうせ同じものを見ているのだから一緒に使うのはもったいない」と言って、眼帯をつけて片目ずつ使っていたと言います。ユニークな彼の面目躍如たる言葉ですが、実は、彼の言ったことは正しくありません。右目と左目はわずかに異なった世界を見ており、両眼の間の網膜像のずれ(両眼視差)により、我々は奥行き知覚を得ることができるのです。

 

 

片目では見えず、両目で見て初めて見えるもの

不規則に点滅するドットの集まりからなる円盤が二つ。左の円盤を左目で、右の円盤を右目で見て融合すると、円盤の真ん中にもう一つ小さな円盤が現れ、それが前後に動いているのが見えます。

 

 

日本語参考文献

  • 藤田一郎(2015)「脳がつくる3D世界~立体視のなぞとしくみ」(DOJIN SENSHO 64、化学同人)
  • 藤田一郎(2006)「視覚の主観性を支える神経活動─両眼立体視を例に─ 」生体の科学 57(1): 44-50
  • 藤田一郎  (1999) 「視覚系による3次元面構造の復元」実験医学増刊「脳・神経科学の最先端」(御子紫克彦編)159-165

英語参考文献

  • Fujita I, Doi T (2016) Weighted parallel contributions of binocular correlation and match signals to conscious perception of depth. Phil Trans R Soc B 20150257. doi: 10.1098./rstb.2015.0257

英語紹介記事

大脳皮質の機能構築と発達 / Architecture and development of cerebral cortex


脳の各領域における情報処理は、その場所の神経ネットワーク構造・解剖学的構造に依存しています。情報処理内容が明らかな場合にその過程を裏打ちしている構造を知ること自体が重要な研究対象になります。一方、情報処理過程が不明な場合には、その領域の解剖学的構造を知ることで、情報処理過程に関する手がかりを得ることができます。現状においては、その両方が明らかではありません。この両者の関係を追求する上で、強力な研究アプローチは2光子レーザー励起顕微鏡を用いたカルシウムイメージングです。この方法は、多数の神経細胞の活動を個々に区別しながら、生体内で計測することができます。この手法を大脳皮質の視覚領域に適用して、様々な視覚情報が脳の中でどのように表示され、処理されているかを探ります。

 

下側葉皮質の図形特徴選択性コラムの模式図

 

 

 

 

 

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447k日本語参考文献

      • 藤田一郎(2013)「脳の風景~「かたち」を読む脳科学」(筑摩選書0024、筑摩書店)
      • 藤田一郎  (1998) 「マップ、モジュール、情報構造」脳21、1 (3): 9-14
      • 藤田一郎  (1995) 「下側頭葉皮質ー細胞とコラム」蛋白質核酸酵素 40(6): 192-201

英語参考文献

      • Ikezoe K, Mori Y, Kitamura K, Tamura H, Fujita I. (2013) Relationship between the local structure of orientation map and the strength of orientation tuning of neurons in monkey V1: a 2-photon calcium imaging study. J Neurosci, 33(42): 16818-16827.
        doi:10.1523/JNEUROSCI.2209-13.2013.
      • Wang Y, Fujita I, Murayama Y. (2000) Neuronal mechanisms of selectivity for object features revealed by blocking inhibition in inferotemporal cortex. Nature Neurosci.,3: 807-813. doi:10.1038/77712
      • Fujita I, Tanaka K, Ito M, Cheng K (1992) Columns for visual features of objects in inferotemporal cortex.  Nature, 360: 343-346. doi:10.1038/360343a0

アクティブビジョン / Active vision


 

私たちの眼球はgeorges_de_la_tour_016、静止した状景を見ている時でもじっとはしていません。私たちの視力は目を向けている方向には高いけれどもそこからずれると急激に下がるため、常に視野の中のあちらこちらに目を向ける必要があります。普段、意識することはありませんが、一秒間に3~4回、目はすごいスピードであっちを向いたり、こっちを向いたりしているのです。この眼球運動はサッケードと呼ばれ、これにより外界から効率的に情報を得て、視覚世界を脳内に再構成しています。このプロセスをアクティブビジョン(能動的視覚)と呼びます。「ものを見る機能」の理解にはアクティブビジョンのメカニズムの解明が必須です。多くの謎がここにはあります。例えば、「目が動いているのにどうして世界はぶれて見えないのか」「一秒間に3~4回しか目を動かしていないのに、世界がまだらに見えないのはなぜか」「間歇的に得られる視野の情報をどうやって組み合わせて一つの世界を作り出すのか」などです。それどころか、人や動物がどうやって次に目を向けるところを決めているのかすら、よくわかっていません。 Georges de La Tour (1633-1639) “The fortune teller”

 

質感情報処理 / Processing of material properties (SHITSUKAN)


物体はそのimg_6557材質に固有の視覚的表面特徴(テクスチャ)を持っており、視覚認識や視覚に基づく行動にとって重要な情報となっています。ガラス、金属、真珠、布、肌、これらが持つテクスチャは私たちの視覚世界を豊かなものにしている重要な要素です。テクスチャの知覚においては大脳皮質V4野の細胞が重要な役割を果たしています。本研究では、2光子カルシウムイメージング法を用いて、V4野細胞が集団としてテクスチャ知覚を支える十分な情報を伝えているかを検討します。テクスチャ情報を処理する細胞の分布を調べ、他の視覚属性を伝える細胞との関係を見ることで、視覚属性間の相互作用を明らかにします。さらに、前段であるV1野、V2野に同様の解析を行い、側頭葉経路におけるテクスチャ情報の符号化と変換過程を解明します。これらの解析を通して、テクスチャ知覚の基盤となる情報処理過程の理解を進めていきます。Quentin Metsys (1465-1466) “Le Peseur d’or et sa femme”.

 

 その他の研究テーマ / Other projects (作成中)


◆ 大きさの知覚 (Size perception and size constancy)

a-car-moving-away私たちが物を見てその大きさを知る際、目に映る像の大きさだけを判断材料にしているわけではありません。例えば、遠ざかる車を見ている時、目に映る車の像は徐々に小さくなっていきますが、車がどんどん小さくなっていくとは感じず、車の大きさは一定であると感じます。知覚が持つこの性質は「大きさの恒常性」と呼ばれます。この現象は、物の大きさを知覚する際に、脳が、目に映る像の大きさだけではなく物体までの距離に関する情報も利用していることを意味しています。プトレマイオスはこのことを2000年前に指摘しましたが、今日に至るまでその神経メカニズムは不明でした。私たちは、サルの大脳皮質のV4野と呼ばれる領域の神経細胞が、物体網膜像の大きさと物体までの距離の情報を統合し、物体の大きさを算出していることを明らかにしました。これらの細胞は大きさの恒常性の実現に役立っていると考えられます。

◆ 顔認識 (Face recognition)

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顔は社会生活を営む私たちにとって大事な視覚情報です。顔を見て何千人という人を見分け、また、相手の意図、感情、体調、注意の方向を知ることができます。顔の視覚情報処理に関わる多くの脳部位に、顔を見た時に強く反応する顔反応性細胞と呼ばれる神経細胞が存在しますが、これらの細胞が顔の視覚的特徴をどのように伝え、どう顔認識に関与しているのかは、よく分かっていません。本研究では、顔や物体の認識に重要な役割を果たす大脳の側頭葉皮質と、感情や情動に関与する扁桃体に注目して、これらの領域の顔反応性細胞が伝えている情報の特徴を調べました。その結果、側頭葉皮質細胞は距離によらずに顔を認識するのに役立ち、一方、扁桃体細胞は顔画像から相手との距離を算出するのに役立つ性質を持つことを見出しました。顔の大きさへの感受性という点で、顔の特徴を伝える方式が側頭葉皮質と扁桃体で異なることが明らかになりました。

 

 

 

 

◆ 細胞発火率の統計的性質 (Statistical properties of neuronal firing)

 

◆ 芸術における奥行き (Depth in art) 

1万年以上前に描かれた洞窟画、5千年前に作られた火焔式縄文土器、古代・中世をへて近代、現代へと続く様々な芸術分野における作品群。それらから得られる「奥行き感」について視覚科学の視点から考えてみようというのがこのプロジェクトです。例えば、「ある彫刻が特定の距離や特定の角度から見た時にのみ強い奥行き感(その物体の立体感とその周りの空間に誘導される奥行き感)を感じるのは何故か」といった問題を取り扱います。彫刻家、工芸家、日本画家、仏像美術家、美術史家、物理学者との共同研究です。

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