TASC MONTHLY NO.437, page 03『摩天楼の謎の小部屋』

摩天楼の謎の小部屋

2012-01-01
TASC MONTHLY NO.437, page 03
大阪大学大学院生命機能研究科 藤田一郎

重たげな長いまつげ。毛玉のついた角。モグモグ動く鼻の下。長い首、長い足。キリンは魅力あふれる動物だ。その姿は、子供たちを含め多くの人を惹きつける。きっと誰もが、幼少期に一度は、キリンの絵を描いたことがあるだろう。

この動物は科学者も魅了する。あのとんでもなく長い首はどうやって進化したのか。体のまだら模様が、水を抜いた田んぼのひび割れに似ることは何を意味するのか。心臓から2メートルも上にある脳へ、どんなしくみで血液をポンプアップするのか。深遠で、かつユーモラスな不思議に満ちている。

キリンの脳を調べている人もいるが、そのような研究ができるチャンスは稀である。世界中を見渡しても、ほんのひとにぎりの人たちが研究している。その運の良い人が、初めてキリンの頭蓋骨を開くと一様にぎょっとする。

脳がない!

脳があるはずの場所ががらんどうなのだ。この空っぽの空間は副鼻腔である。私たち人間も、頬、眉間、額の裏に副鼻腔を持つ。タバコの煙の行き先の一つである。キリンでは、額の副鼻腔が大きく発達し、前頭から頭頂を経て後頭まで広がり、脳全体を覆っている。脳は副鼻腔の床の下にある。副鼻腔の容積は脳の数倍にもなる。

この大きな副鼻腔はいったい何のためにあるのだろうか。

キリンは、アフリカのぎらつく太陽の下で生きている。強い光を受ける頭のてっぺんに、湿度を保った空間を置くことで、脳温の上昇を防いでいるというのが一つの解釈である。あるいは、大きくて軽い頭を作るためかもしれない。キリンの体重は時に1トンを超えるが、脳はせいぜい2キログラムである。この小さな脳にぴったりの頭蓋骨では、外に張りつく筋肉も小さくなってしまう。しかし、固い葉もモリモリ食べて、巨大な体を維持しなくてはならないキリンにとって、咀嚼は重要であり、下あごを動かす筋肉は大きく強い方が良い。その付着先として、大きいけれど軽い、つまり空洞だらけの頭蓋骨が役に立つのではないか。

キリンの副鼻腔を利用しているのは持ち主だけではない。ウジが間借りしていることがある。親バエは、広大なサバンナの中でキリンの鼻の穴を探し当て、副鼻腔へ侵入して卵を産む。孵化した子供たちは、食事、空調、清掃つきのこの要塞で育ち、成虫になると、光まばゆい世界へと飛び立っていく。借り主の素姓や、貸し主にどんな利益があるのかは、未解明である。

摩天楼最上階の小部屋は、多くの謎を持っている。