1995国際ニューロエソロジー学会:ニューロエソロジー・ケンブリッジ大会で思う

前回、モントリオール大会をスキップしたので、ベルリン以来6年ぶりに国際ニューロエソロジー学会に参加した。大学院に進学した時に、そもそも動物の行動に対する興味から出発した私にとって、ニューロエソロジーは自分の研究の「根」の部分を形成している。しかし、6年前に魚類嗅覚、鳥類聴覚の研究から、霊長類視覚へと研究課題を変化させた段階で、研究上のつきあいは、大脳皮質、心理物理、計算論をキーワードとするような人々と深くなっていき、また、北米神経科学会に毎年参加していても、自分の研究に直接関わる領域の発表を聞くだけで、会期のすべてが過ぎていくのだった。今回、久しぶりに、ニューロエソロジーのシャワーを浴び、様々なことを再確認し、また新たに考えた。

ニューロエソロジーは楽しい。私にとっての楽しさの理由の一つは、素材のおもしろさにある。広い動物界に見いだされる行動適応の多様さとそれをひっぱってくる研究者の眼力に、まず、魅かれる。シオマネキの眼柄上の個眼の分布と視角を計測し、彼らが同種の動物と捕食者を区別しているのは、自分の視線より上に視覚像が現れるかどうかによっているとした研究(M.F. Land.& J. Kayne)、渡りを経験すると、ヒタキの海馬の相対体積(前脳に対する)が増大することを示した研究(S.D. Healyら)などは、着眼に感心した。11カ月も前に埋めたアプリコットの種を一発で掘り当てるリスや1万個以上の食料(植物の種)を隠した場所を覚えているカラの話(J.R. Krebs & N.S. Clayton)は、その事実自体が驚きである(Krebs の研究も講演もすばらしかったことは蛇足ながら加えておく)。もう一つの理由は、もちろん、ニューロエソロジーの研究のいくつかが、神経科学全般を見渡しても、もっとも高みに達したすばらしいものであることである。多様な動物たちの生きざまとそれに関心を持つこれまた多様な人々の研究に対する感受性を保っておきたいと思った。

シカゴ大学数学科のJ. Cowan が国際高等研シンポジウム「Cognition, Computation & Consciousness」(1994年9月)において行った抱腹絶倒かつ内容深遠なる名講演の中で言った、「講演というのは、 understandable, entertaining, deep の3条件のすべてを満足することはできない。」という言葉は至言であると気づく(といっても彼自身の講演がその例外であったのだが)。おもしろくてよくわかったが深みがない、深い洞察にわくわくしたのは確かなんだが自分の言葉でリフレーズすることができない、よくまとまりきちんとした議論が展開されたがまったく興奮しなかったetc。講演者の第一の義務かつ目標は、自分の講演を聴衆に理解できるものにすることであろうが、聴衆のすべてにわかるように話し、かつ同業者を含めた人々を興奮させるほどに議論を深めることは時間の制約とは無関係に難しい。上記3条件を満たすような講演が成立するには、話し手と聞き手の両方の質がそろうことが要求されている。今回、実を言えば、私にとって上記3条件を満足したと思った講演は一つしかなかった(B. Frost、クイーンズ大学;鳩の中脳に、自分に向かってくる物体の衝突までの時間をコードする細胞を発見した話)。それは、多分に、私が、この数年、ニューロエソロジーのホットな部分に関する知識や問題意識の補充を怠っていたせいだと思う。コウモリの持つ超微小時間検知能(10-15ナノ秒のこだま音遅延を検出する)をどう神経系が実現しているかを議論したJ.A. Simmons (ブラウン大学)の講演などは、わかる人には、まさにentertainingでdeepであったに違いない。

小さな集まりほど友人が多くできるという不思議な法則がある。今回も、新しい友人が何人かできた。一夕、ロシアから参加していた視覚の理論を研究しているという人と話す機会を得た。彼の理論が私の実験結果を非常によく説明するので話をしないかと誘われ、彼の部屋を訪れた。彼の理論は、半側空間無視や視覚失認の患者などの臨床観察から考察した視覚認識機構の定性的説明で、私の実験結果に特別に関わってはいなかった。しかし、お互いに知っていることを教え合うことで、議論は有意義であった。彼から、遠慮がちに、共同研究をしないかとの申し出があったが、特に共同で行わなくてはならないことがあるようには思えなかったので、丁重に断った。帰り際、よもやま話の中で、ロシアでは現在、研究費が支給されず、彼はテニスのコーチをして稼いだ金で研究用のコンピュータを購入したと、悲しそうに語った。

デンキウオの行動のメカニズム解析ですばらしい研究を展開されていたWalter F. Heiligenberg 教授(UCSD)が亡くなられて1年経った。去年9月、ウイーンで開かれたヨーロッパ神経科学会のシンポジウムで、彼、小西正一先生(Caltech)らとともに話をするという光栄に浴し、さらに「今年の北米神経科学会の前後にUCSDで私が講演、その後で寿司パーティをやる」というわくわくするような約束をかわし、意気揚々として日本に戻って来た私を待っていたのが、「ウオルターが亡くなった。」という悲報だった。眠れない数日、彼のことを考えていて、心底驚いたのは、私はウオルターと10回程しか会っていないことに気づいた時だった。その数少ない出会いの中で、どれだけ強烈な影響を受けたことか。初めて出会った日から、最後の会話まで、彼と交わした会話のほとんどとその時の彼の表情を思い出すことができる。長いつきあいのあった方々の悲しみと嘆きは想像を絶する。「国際ニューロエソロジー学会ニュースレター」に小西正一、T. Bullock(UCSD)、F. Huber(MPI, Seewiesen)3先生が、「比較生理生化学」に川崎雅司氏(バージニア大学)が、胸を打つ追悼文を書かれている。また、今回の学会に急遽設定された追悼シンポジウムで、彼の研究室で過ごした大学院生やポスドクの一人一人が、ウオルターの思い出を語った。これら追悼文やシンポジウムで語られている彼のすばらしい人間性に私も触れることのできためぐりあわせを感謝し、こんなにも早く別れてしまった不運を嘆くことはやめようと思う。

(ニューロエソロジー談話会ニュースレター、1996に掲載)