大阪大学大学院 生命機能研究科 認知脳科学研究室 生物学、脳研究、脳と心、意識、認知脳科学、神経科学、行動学、視覚、錯覚、脳の発達
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賢い人の脳にはシワが多い?

大阪大学 基礎工学部システム科学科
生物工学コース 3年
古高 潤一

※現在編集中です。

はじめに

人の脳は、賢くなるとシワが増えていく。小さい頃にこんなことを言われた記憶があります。
脳のシワは何のためにあるのでしょうか?
また、成長するにつれてシワは増えていくのでしょうか?
シワが多いほど賢いというのは本当でしょうか?

脳の構造

まず、脳について簡単に勉強してみましょう。
ヒト脳の側面図 (出典:「見る」とはどういうことか―脳と心の関係をさぐる 藤田一郎

脳は大きく分けて大脳、小脳、脳幹から構成されています。
このうち大脳の表面の3mmほどの厚さの部分が大脳皮質であり、思考などの高次脳機能を担当しています。
小脳は運動の学習、記憶つまり「体で憶える」ことに関係していると考えられています。
ここで大事なことは、考えるといった高度な脳の活動に対して大脳皮質が重要な働きをするということです。

シワにはどんな意味があるか

脳の表面にある大脳皮質が重要であることは分かりました。
そこで、いよいよシワの意味について考えて見ましょう。
肺の肺胞や小腸の柔毛の構造の利点と共通の理由と言えば、ピンとくる人も多いのではないでしょうか?
結論はズバリ表面積を大きくとるためです。
人間の頭の大きさは限られており、少しでも大脳皮質を大きくするには脳の表面積を大きくしなければいけません。
そこでシワをつくり脳を折り込むことで表面積を大きくとっているのです。
ちなみに、いままでシワと呼んできましたが、学術的には脳溝(のうこう)といい、 脳溝と脳溝の間の膨らみを脳回(のうかい)といいます。

脳溝は増えるのか

東京大学大学院医学系研究科小児医学 水口 雅氏のページから抜粋  
大脳半球は初めは小さく薄く、その表面は平滑です。しかし妊娠2か月以降、 脳胞の深部にある脳室層で細胞が盛んに分裂・増殖し、生まれた神経細胞が脳表面に向かって垂直に移動するにしたがって、 大脳は大きく厚くなり、層構造ができます。これにともない大脳の表面積も増え、多数の凹凸(脳溝・脳回)が生じ、脳の大まかな形ができてます。

脳溝は生まれた段階でもう形成されており、生後においては新しく形成はされないようです。

脳の発生の様子
パンダ
(画像は水口 雅氏のページより)

シワの数と知能に相関はあるか

まず、脳の大きさそのものについて考えてみましょう。
脊椎動物の中で哺乳類、鳥類の脳は魚類や両生類の脳に比べて体重比でも巨大です。
これは知能の高さの違いから納得のできる事実だと思います。脳が大きいということは、 大脳皮質も大きいということですからね。
では、おなじ哺乳類の中で脳の大きさをそろえて比較したらどうでしょう?
やはり知能の高い人間の脳が一番シワが多く、複雑だろうと思いますか?
じつはイルカの脳は人間よりはるかにシワが多く複雑な構造をしています。
「知能が高い=シワが多い」と簡単にはいかないわけです。

結論

今回の結果から脳のシワの数が多いほど知能が高いという予想は、正しいとは言えません。
しかし、脳は現代科学をもってしてもまだ未知の部分がたくさんあります。 そんな複雑で未知の能力を持つ脳だからこそ、「大きければ大きいほど良いに違いない!」と思うのも自然であり、 脳の大きさが頭蓋骨により制限されている人間では「シワが多いほど賢い!」という結論に至るのも無理はないと思います。
しかし、脳にシワが多く複雑な構造をしている生物は、知能が高いというのも事実です。
今後もし脳のシワが平均よりもはるかに多い人が生まれたとしたら、この説がひっくり返るような 結果がでるかもしれませんね。

藤田コメント

むむっ、今回は結論がぐらぐらしていて、主張がはっきりしないな。1行目には「脳のシワの数が多いほど知能が高いという予想は、正しいとは言えません」とあり、次の段落の冒頭には、「脳にシワが多く複雑な構造をしている生物は、知能が高いというのも事実です」とある。「どっちなの?」

おおまかに言って、哺乳類の中で下等なものはシワが少なく、高等なものほどシワが多いということは言えるのではないだろうか。また、、霊長類(サルやヒト)に限って比較してみても、行動のレパートリーや柔軟性のある種類ほどシワは多いように思います。たとえば、リスザルやマーモセットなど新世界ザルは認知機能がニホンザルのようなマカカ属サルに比べて劣っていますが(たとえばオペラント学習がほとんどできないなど)、彼らの脳はほとんど脳溝はありません。ところが、イルカとヒトを比較すると、古高くんが言うように、イルカの方がヒトよりシワが多く、「シワと知能が相関しない」ようにも思えます。リスザルとニホンザルのように同じ霊長目の中での比較と、イルカとヒトのように目(もく)を超えた比較の場合には、認知機能のどの側面を考慮の対象にするかが大きな問題です。イルカは、私たちとは違った認知側面では非常に発達しているかもしれず、その内容を私たちが十分に知らないだけなのかもしれません。このあたりの判断は慎重に行いましょう。ところで、ジュゴンの脳を見たことはありますか。つるつるです。イルカとジュゴンはやはり目が異なっており、だいぶ違う動物なのですが、彼らの脳の形態の違いほどには、違う動物に見えませんね。このあたり、専門家に意見をうかがいたいものです。

マカカ属サルの脳や行動は非常によく調べられており、高次の認知機能、脳機能を調べる上での非常に貴重なモデル動物です。さて、彼らの脳のどの部分がどのような役割を果たしているかを調べてみますと、驚いたことに、シワをはさんで向かいあう脳部位は、がらっと機能が異なっています。シワの外側(脳回)からシワの内部(溝)へと入るところで機能や形態や分子分布が変わることさえあります。このことは、シワが多い動物ほど、機能的に分化した脳をもつことを示唆しています。

というわけで、シワの数は、ある程度、その動物のもつ脳機能の程度を反映する側面はあるだろうというのが私の意見です。しかし、「賢い人の脳にはシワが多い?」というような問い方をすると、イエスと答える根拠もノーと答える根拠もないというのが現状でしょう。

最後に、シワが多いことの利点として表面積の問題をあげ、類似例として肺胞や小腸の柔毛をとりあげていました。他にもあげることができますか。生物学で言えば、ミトコンドリアの内膜がうねっていること(このことで電子伝達系タンパク質およびATP合成酵素をたくさん埋め込むことができます)、動物やヒトの陰嚢がシワシワであること(熱放散を気温に応じて行うことができ、精子の保存温度を一定にたもつことができます)なども、その例です。車のラジエーター、クーラーの中などにも同じ設計思想を見ることができます。


田辺コメント

認知脳科学研究室のOBで、現在、米国のNational Institutes of Healthで、視覚の脳内メカニズム研究を行っている田辺誠司氏より、以下のようなメールが来ました。科学的設問の立て方、論理の進め方などを学ぶ上で、とても参考になる助言をもらいました。


古高さん、初めまして。製作中のウェブサイトを拝見しました。素朴な疑問から始まって、少しずつ事実を掘り下げている様子が伝わってきます。脳の発生段階によるシワの変化の箇所は、私も勉強になりました。

さて、今回メールを差し上げた理由は、シワの数と知能に相関はあるかという部分に対するコメントをしたかったのです。ここで、相関という言葉を用いてることで、すでに古高さん自身が気づいてるかもしれません。相関の有無を検証しようと思ったら、まず計測出来る量を扱うのがもっとも良い方法です。シワの数と知能の両方を数値で表す工夫が必要です。一つ一つ例を挙げましょう。

シワの数を計測する場合、皮質の総面積(Sall)に対する脳溝に折れ込まれた面積(Ssul)の割合(Ssul/Sall)というのが一つの可能性です。とても計算しやすい反面、シワの数を正確には反映してないと言えます。では代わりに、脳溝の距離(Lsul)を脳回の面積(Sgyr)で割った値というのも一つの可能性ですね。とにかく計測出来る量で表すことが大事です。

次に、知能を計測しないといけません。計測器をもってきて測れる代物ではないですから、これは簡単ではありません。こういう場合は、専門でやっている分野の知識を拝借するのが良いでしょう。きっと行動に基づくたくさんの知能指数が提案されていることだと思います。できるだけ正確な情報を集めて、自分が注目したい知能をもっとも的確に測っていると思える指数を選択したらいいと思います。

多数の個体で実験をして、シワの量、そして知能の指数という数値の両方を手に入れたら、いよいよ相関の有無を数値として検証することが出来ます。ここまでやったら本当にシワの数と知能の相関を本当に(つまり客観性をもって)検証したことになると思います。

この一連の検証は言うが安し、行なうが難しの最たる例です。最後には脳を取り出すので、まず人間では実験出来ません。すると実験動物を使うことになります。その動物の知能を測る実験には行動課題をやらせる必要があります。動物に行動課題をやらせるには大変な訓練を要します。汗水垂らして訓練が完成したら、本番の知能テストをやって、そのデータを採取したら、今度はその動物の脳を奇麗に取り出さないといけません。最後にその取り出した脳の面積等を計測することになります。すべての段階で失敗は許されません。以上のように、古高君の疑問に答えるような具体的な実験案をウェブサイトに掲載したらどうでしょうか?

ここからは発展です。万が一、相関が見つかったとしても、シワの量と知能の指数では、ずいぶん開きが大きいと言わざるを得ません。確かに数値としての相関の有無は検証出来るけど、もう少し因果関係に踏み込んで調べたいというのが研究の醍醐味です。少しずつシワの数と知能指数の間の開きを狭めることができないか考えてみました。

まず知能というのは、脳内の神経回路の情報処理の結果だということは認めていいと思います。これを認めたとして、知能指数というのは、神経回路が処理出来る情報量に密接に関係していて、さらに処理出来る情報量というのは、ニューロンの数やシナプスの数等と密接に関係していると予想出来ます。ニューロンの数は、皮質の中ではほぼ均等と考えても差し支えないでしょう。単位体積辺りの密度さえわかれば、皮質の体積とのかけ算でニューロン数が導けます。皮質の厚みはほぼ均等だと考えられるので、厚みと体積が分かれば、表面積が導けます。導いた表面積と、知られている厚みをもった皮質を、決まった容積をもった球状の頭蓋の中に修めようと思ったら、どれくらい折り畳まないといけないかというのは、数学の問題になります。調べてみたら、ひょっとするとそのような数学問題がすでに解かれている可能性はあります。ここまでの関係が全部明確になれば、知能指数とシワの数との相関というのは、あくまで擬似的な相関であって、本当に知能を作り出してる要因なのは、神経回路が処理出来る情報量であると結論付けることが出来ます。ただし、ニューロンの数と、処理出来る情報量の間の関係が、それほど密接ではなく、むしろニューロンが作る回路の複雑さが大事で、これをどう数値化するのかは難しいかもしれません。このように、単なる相関にとどまることなく、どうやったら因果関係にまで踏み込めるかを考察して、ウェブに掲載したらどうでしょうか?ご健闘を祈っております。

藤田研OB  田辺誠司



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