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PBLレポート:

男女間で視覚脳機能の差は存在するのか?

大阪大学 基礎工学部システム科学科
生物工学コース 4年
井上 滋智
生物工学コース 2年
井上 淳也
2010/01/19初出

はじめに

「男女間に視覚能力に差があるのか」
 ある日、藤田先生がこのような問いかけをしてきました。突然のことでびっくりしました。
それは先生のCRESTの発表会の時のこと。
 一般の方から次のような問いかけがあったそうです。
「男性の方が視覚刺激全体に対する知覚が弱いのではないのですか?」
 その方は発達障害児の支援に関わっている方でした。
 自閉症患者の男女比は、4:1で男性の方が多く、自閉症児の特徴の一つとして、視覚対象の部分把握に優れており、 全体把握に乏しいという点があります。
 例えば、スリットがあり、絵がそのスリットの下を通るとします(下図参照) 多くの子供は、スリットの間を通った絵をつなぎあわせて、それが何であるかを答えられます。 しかし、自閉症の子どもは、スリットの間を通った絵をつなぎあわせられず、全体でどんな絵であったか答えられないのです (Nakano et al., 2010)。
スリット

 このような特徴から、上の質問表では「健常人であっても男性の方が女性に比べて全体の知覚がうまくできないという性差があるのではないか」 という考えに至ったそうです。
 そこで、私たちは視覚能力という点から男女差がないかを調べてみました。

空間認知能力

 まず、視覚能力の男女差についての新聞記事をあたってみることにしました。
 すると(2007/1/1 朝日新聞朝刊 特集「OH!脳」)に次のような記事がありました。
  • 「男性は方向感覚に優れており、女性は直感に優れている。明らかに違います。」
  • 「空間の認知能力や方向感覚は男性のほうが優れているといえる。」
  • 「男性の脳は空間的なアプローチに優れ、さらに推理力にも富んでいる。」
 一番上は、池谷裕二さんという方の発言で、真ん中と下は新井康允(やすまさ)さんの発言です。 池谷裕二さんは東京大学大学院薬学研究科の准教授です。新井康允さんは人間総合科学大学教授です。
 よって、「空間視覚能力・空間認知能力」に関する研究を集めることにしました。

論文検証

心的回転テスト__Mental Rotation Test(MRT)

 まず研究を集めてくる上で、この分野を広く解説している論文を参照しようと考え、  SherryとHampson(1997)の総説を読んでみることにしました。 以下はそれをまとめたものです。
 ShepardとMetzler(1971)は、三次元図形を投影した2つの二次元画像を被験者に見せて、 「二つの画像が同じ図形であるか」を判断する試行をしてもらい、その反応時間を測りました。 その結果、以下の2点を発見しました。 まず、被験者の反応時間が二つの画像内図形が示されている角度の差に比例して増加しました。 そして、その回転軸が、画像平面と垂直な軸と画像平面の縦方向に平行な軸では差がありませんでした。
 後に、Vandenberg (1971)がMental Rotation Test (MRT;心的回転テスト) を作成しました。 このテストは、左側に見本となる三次元の立体図形画像を提示します。 右側にも同様の三次元の立体図形画像が4つ並びますが、それらは方向が違い、 その上そのうち2つは左側の立体と同じ立体の別の角度からの像です。 残り2つは左側の立体とは微妙に異なる形をしています。 被験者は右側の4つの内のどの2つが左側のサンプルと同じ立体かを答えなくてはいけません。 (参照:Washington Post “ Vandenberg’s Mental Rotation Test”
 このテストを使った研究で、Sanders(1982)と、 MoffatとHampson(1996)は共に男性の方が女性よりもテストの点数がよいことを示しました。 前者の研究では、女性の平均点は男性の65%だったのに対し、後者では75%でした。
 これらの実験の他にも、男女間での空間認知能力差に関する実験は数多くあり、それぞれの実験で使うテストも異なります。 そこで50年分近くの論文を集めてきて、全体的な傾向を分析した論文(Voyer et al., 1995)を以下にまとめます。

分析の分析

 ここで紹介する論文はメタ分析(メタアナリシス、meta-analysis)といって、 いわゆる分析の分析、つまり複数の独立な研究結果をまとめて分析する作業です。 この論文では、空間認知能力を測るテストを行った研究を集めてきて、男女差があるかを統計学的に分析しています。
 これ以前に空間認知能力の男女差のメタ分析を行っている論文はあるのですが、 この研究では、より多くの研究を引用し、被験者のサンプルを均一にするためにさらなる分類を行っています。 テストのタイプ、性差が発生する年齢、年々性差が縮まってきている研究(Feingold, 1988)への分析に焦点を当てて、 その結果を紹介します。
  • テストのタイプ
 テストのタイプでより性差が出たり出なかったりとまちまちでした。 その上、同じタイプのテストでも、実施方法や点数の付け方で男女差が現れなかったり、 男女差の大きさが異なったりしました。例えば、40点満点のMental Rotation テストよりも、 20点満点のほうが、男女差は大きく現れました。 また、別のタイプのテストでも、被験者が個人でテストを受ける場合と、 集団で受ける場合で分類すると、個人の方が性差が大きく現れていました。 この理由は、集団でテストを受ける場合匿名性が存在するため実験者からの直接的圧力が分散し、 個人で受ける場合実権者からの直接的な圧力がかかるからであると考えられました。 そして、性差が生じるのは、個人でテストを受ける場合女性がよりストレスを感じ、 集団でテストを受ける場合男性はより注意が散漫になりテストの成績が悪くなるといった男女の性格の差が現れているのではないかと推測されました。
  • 性差の見られ始める年齢
 空間認知能力について性差が発生する年齢に関しても解析がなされています。 しかし、テストによって対象年齢が異なっており、思春期前の子供達に実施した例は少なかったです。 さらに、実施年齢だけでなく、子どもと大人で解くプロセスには違いがあると考えられるので、 それぞれに同じテストを行うこと自体も検討する必要があり、 子供にも適用できるテストを考案しなくてはならないという問題点も挙げています。
  • 性差が年々縮まっている?
 研究する年が後になるにつれ、空間認知能力に関する性差が小さくなっているという研究(Feingold, 1988)も検証しており、 全タイプのテストの傾向をみるとこのような傾向はみられるとしています。 しかしながら、Mental Rotation テストの成績は研究している年が後になるにつれ、 増えている傾向が見られました。また研究した年が後になっても性差が見られるテストが多いことから、 性差が無くなっていくとは言えません。
 以上より、使用するテストによって男女差が現れる傾向は異なりますが、 特に20点満点のMental Rotation テストは男女差がはっきりと現れ、この要因を研究で確かめるべきとしています。

分析の分析

 Voyer et al. (1995)の論文を読む限り、 空間認知能力には何らかの男女差が見られると考えられます。 テストによって性差はまちまちです。 しかし、20点満点のMental Rotationテストでは、最も性差が如実に現れ、研究した年があとになるにつれ、 性差が増えていく傾向が見られています。
 Voyer et al. (1995)では発展的課題として空間認知能力を複数の要素から成り立っているという前提から、 これからは空間認知能力の要素を挙げ、その要素の発達上の変化、 特定の状況でどのように変化するかを見なければならないとしています。
 今回、ここでの私たちの検討にはいくつか問題点があります。 まず、対象論文が1995年出版のものと古いため、Mental Rotation テストについての新しい事実が出ているかもしれません。 Voyer et al. (1995)の論文には特に取り上げられていませんが、テストを行った順番の影響が考えられます。 被験者が使った前のテストで論理的思考が次のテストに応用できたり、脳が疲労したりといった影響が考えられるからです。 例えば、Sanders et al.(1982) の研究ではMental Rotationテストは単独で行われておらず、Card Rotation テストの後に行われています。 このテストを行った順番の影響を考えるべきだと思います。

参考文献

Feingold A. (1988) Cognitive Gender Differences Are Disappearing. American Psychologist. 43(2):95-103.
Nakano T, Ota H, Kato N & Kitazawa S. Deficit in visual temporal integration in autism spectrum disorders. Proc. R. Soc. Lond. B 277(1684):1027-30 (2010)
Moffat SD, Hampson E. (1996) A curvilinear relationship between testosterone and spatial cognition in humans: possible influence of hand preference. Psychoneuroendocrinology 21(3):323-37.
Sanders B, Soares MP, D'Aquila JM. (1982) The sex difference on one test of spatial visualization: a nontrivial difference. Child Development 53(4):1106-10.
Shepard RN, Metzler J. (1971) Mental rotation of three-dimensional objects. Science. 171(972):701-3
Sherry DF, Hampson E (1997) Evolution and the hormonal control of sexually-dimorphic spatial abilities in humans. Trends in Cognitive Sciences 1:50-56.
Washington Post “ Vandenberg’s Mental Rotation Test ”:
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/graphic/2006/08/31/GR2006083100070.html
Voyer D, Voyer S, Bryden MP (1995) Magnitude of sex differences in spatial abilities: a meta-analysis and consideration of critical variables. Psychological Bulletin 117(2):250-70.

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