脳が解く逆問題:2次元網膜像から3次元表面構造の再構築

第13回日本生体磁気学会大会 東京 19985

 脳が行っている情報処理の多くの側面が、不良設定問題の処理である。その一つの典型的な例が、2次元網膜像から対象物の3次元立体構造を知覚する過程である。2次元図形に両眼視差を与えると、異なった深さ(奥行き位置)に異なった傾きの面を知覚することは、両眼視差が、3次元表面構造の脳内での再構築に重要であることを示している。しかし、脳がなさねばならない仕事は、両眼視差の検出を越えてはるかに複雑である。その理由の一つは、同じ両眼視差を伴う同じ網膜2次元像を与える3次元表面構造が複数あることに由来する。脳は、しかし、これら複数の可能性の中から、一つだけを選び、われわれは、安定した一つの表面構造を知覚する。脳は、どのような計算拘束条件が用いて、問題の解を一つに定め、その拘束条件は、なぜ、ヒトや動物にとって適応的なのであろうか。
 NakayamaShimojo (Science, 257:1357,1992) は、ヒトの知覚実験から、「視覚系は、複数の解釈が可能であるような視覚像を与えられたとき、その視覚像を偶然に生ずるような面構造ではなく、もっとも一般的に生ずるような面構造を再構築する。」という心理法則(一般像抽出原則)を提唱した。この法則は、「視点を少し変えても、物体像は、本質的には変化しない。」という物理世界の法則の裏返しである。脳は、この物理法則を計算拘束条件として用いている。偶発的な像よりも一般的な視点から見た像を再構築する方が、対象物の正しい解釈になっている可能性が高いという適応的利点を有している。
 では、この計算原理を可能にしているアルゴリズムとそれを支える神経機構はどのようなものであろうか。この問題の検討には、その視覚系が生理学的・解剖学的によく調べられているマカカ属サル(ニホンザルやアカゲザルなど)を用いた研究が必須である。われわれは、まず、サルが、ヒトと同様に、一般抽出原則にのっとった表面知覚をしているかどうかを問い、サルの表面構造知覚においてもこの法則が成立していることの行動学的証拠を得た。続いて、下側頭葉皮質の神経細胞の反応を調べ、約半数の細胞が両眼視差に選択性を有することと、一部の細胞の活動が、一般像抽出原則にのっとって再構成された3次元表面構造を伝えていることを示唆する結果を得た。これらの結果は、一次視覚野から下側頭葉皮質にいたるいわゆる「腹側視覚経路」が、従来考えられていたように、形・色・テクスチャー(きめ)のような2次元図形特徴の処理だけでなく、3次元表面構造の再構成にも関わっている可能性を示している。


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