平成19年度文部科学省特定領域研究「統合脳」夏のワークショップ、合同班会議(札幌)

平成19年8月21日〜23日
(発表日:8月23日)

研究課題名:物体および奥行きの知覚形成を支える神経基盤


「サル下側頭皮質における、形の知覚と相関する神経活動:発火頻度vs.発火パターン」

土井 泰次郎、藤田一郎

【序】
 どのような神経活動が意識的・主観的な知覚の基盤になっているのかを明らかにすることは、神経科学の大きな目標の1つである。これに関連して、強制弁別課題において刺激の弁別に相関した活動が脳のどの領野で観察されるかを調べる研究が蓄積されつつある。しかし、刺激を弁別できるということは必ずしも刺激を意識的に知覚したことを意味しない。意識的な知覚と神経活動の相関を探るには、刺激が「見えた」か「見えなかった」かを報告させる、即ち検出課題をさせる必要がある。そこで我々は、検出課題を遂行中のサルを用いて、刺激の意識的な知覚に相関する神経活動を調べた。
【方法】
 課題は、遅延見本合わせ課題に順行性マスク刺激を加えた検出課題を用いた(下図左)。マスク刺激の直後に提示されるテスト刺激を検出し、ターゲット刺激の中からテスト刺激と同じ刺激を選んでサッケードすれば正解となる(stimulus trial, 67%)。テスト刺激が提示されないトライアルでは、ただのドットを選べば正解となる(catch trial, 33%)。マスク刺激の消失タイミングとテスト刺激の消失タイミング(Stimulus Offset Asynchrony, SOA)を調節し、サルがテスト刺激の検出にほぼ100%成功する条件から、少なくとも半分以上のトライアルで検出に失敗する条件までを含むように難易度を調節した。
課題遂行中のサルの下部側頭葉に、4本のタングステンワイヤーからなるテトロード電極を刺入し、複数の単一神経細胞活動を同時記録した。
【結果】
Stimulus trialにおけるテスト刺激呈示期間中のニューロン活動を発火頻度によって評価した場合、下部側頭葉のニューロンは、サルが刺激の検出に成功したトライアル(Hit)ではより高い活動を、検出に失敗してドットを選んだトライアル(Miss)ではより低い活動を示した。一方、同時期のニューロン活動を発火の時間的パターンによって評価した場合も、特定の発火パタンの出現とサルの報告との間には弱い相関が認められたが、これは偶然で予想される以上のものではなかった。
【考察】
これらの結果は、下部側頭葉には刺激の形の意識的な知覚に相関した神経活動があること、その相関は神経活動を発火頻度で評価した場合にはじめて認められるものであることを意味する。
人が刺激を意識的に知覚したとき、その人は刺激の情報をあらゆる行動に利用できるような状態にある。これは、刺激の意識的な知覚が生じたとき、その刺激の情報は、言語報告・弁別行動・記憶などに関わる脳内の広範な領域に伝達されていることを示している。脳内での情報伝達様式には少なくとも2通りが考えられ、1つは神経細胞集団の発火頻度の上昇が連鎖的に伝達されるというもの、もう1つはSynfire-chainのような特殊な発火パタンによるというものであるが、今回の結果は発火頻度の伝達によるとする仮説を支持する。


             行動課題                          下部側頭葉のニューロン活動の例