藤田一郎(2006)「視覚認知の先端脳科学」豊中医師会新年学術講演会(大阪)2006.1.14

「視覚認知の先端脳科学」

大阪大学大学院生命機能研究科・教授  藤田一郎

 目を開けると、豊かな色彩と3次元構造と動きに満ち溢れた世界が見える。何の不思議も感じず、また努力も要求されているとは思えないこの日常的なできごとの背景で、実は私たちの脳は途方もない作業を行っている。その名教科書とわくわくするような自伝的エッセーで有名な物理学者リチャード・ファインマンは、視覚を、「プールの一角に浮かぶ昆虫が、四方八方からやってくる波の様子から、プールの中の人たちの数、位置、動きを検出する」ことにたとえた。この比喩は、網膜で受容した電磁波情報から、見ているものの位置、形、色、明るさ、動きなどを「計算」している私たちの脳のはたらきを、見事に要約している。しかし、実は、ものを見る際に脳がなさねばならない「計算」の規模と困難さは、この比喩をはるかに超越している。
 本講演の前半部では、ものを見ることのどこに謎が秘められているのか、脳による視覚情報処理のどこにすごさがあるのかを、さまざまな不思議な図形を皆さんとともに見ながら、実感しつつ、謎解きをしてゆく。続いて講演の後半では、不思議な視覚機能の中の一つ、両眼立体視をとりあげる。網膜において、視細胞1つ1つは、自分が受けている光の強度と波長の時間変化を情報として伝えるが、その光がどの距離から来たかを伝えることはできない。この段階で、外界世界の奥行きを明示的に与える情報は失われる。しかし、私たちが主観的に感じる世界は、明白な立体感をもっている。脳は、二次元網膜像から三次元世界を復元しているのである。この脳内過程は、一次視覚野から頭頂葉にいたる大脳皮質経路でなされていると考えられてきたが、過去数年の私たちおよび国外のいくつかの研究室における研究により、従来は形や色の処理をしていると考えられていた一次視覚野から側頭葉にいたる大脳皮質経路が、両眼立体視に関わっていることを示す結果が蓄積しつつある。