「視知覚と側頭葉視覚連合野」

第26回日本医学会総会学術講演会「脳と神経:脳の高次機能」(福岡)2003.4

 ものを見ることはたやすく、努力を要せず、内省的には瞬間的である。しかし、この日常的な知覚体験の背景で、脳は、左右網膜における2次元画像2枚から3次元世界を再構成するという困難な情報処理課題に直面している。網膜で得た光の強度と波長の分布マップから物体の輪郭や動きを検出し、面の形や奥行き構造を復元し、照明条件・観察位置・物体の形状変化するなどに影響されずに対象物を認識するのに必要な情報表現の構築など膨大で複雑な情報処理問題を解決しなくてはならない。

 サルの大脳皮質の半分が視覚情報処理に関わっており、その中には30を超える領野が存在する。下側葉皮質は、物体認識に必要な神経経路(腹側視覚経路)の最終段階であり、視知覚の最後期過程を担う(1) 。しかし、この領野においても、個々の細胞の活動が個々の物体そのものを表出しているわけではなく、個々の細胞は物体に含まれる部分的図形特徴(その物体に含まれる特定の形、色、模様、もしくは、それらの組み合わせ)に反応している。似た図形特徴に反応する細胞は幅0.5ミリの柱状構造(コラム)を形成しており、特定の物体特徴には特定のコラムが反応する(2, 3)。個々の物体はさまざまな図形的特徴を有していることから、一つの物体はその部分特徴それぞれに感受性を持つコラム群に反応を引き起こす。異なった物体は異なったコラム群に反応を引き起こす。コラムの数は2000と見積もられ、反応するコラムの組み合わせにより物体の特定を行えば、無数の物体の識別を可能にする容量が生まれうる。アルファベット26文字がその組み合わせにより、数10万の単語を生成し、単語の組み合わせにより、無数の文を生成するように、個々のコラムが反応している図形特徴は物体像の脳による分解要素であり、その組み合わせで物体像を表現している可能性がある(図形のアルファベット仮説) (1)
 下側頭葉皮質細胞は、形、色、模様の他に、奥行きの視覚てがかりである両眼視差 (4)、両眼視差によって定義される形(ランダムドットステレオグラム中の形)の情報 (5)、および両眼視差と形の情報を統合して得られる「物体を形成する面の奥行き構造」の情報 (6)をも伝えている。さらに、下側頭葉皮質の主入力部位であるV4野の多くの細胞も両眼視差に対して感受性を有している (7) 。従来、両眼視差や面の情報は、一次視覚野から頭頂葉大脳皮質にいたる背側視覚経路で処理されていることが示されてきたが、一次視覚野から下側頭葉皮質にいたる腹側視覚経路もまた、奥行き知覚と3次元構造の知覚にも関与していることを提唱する。腹側視覚経路と背側視覚経路では、両眼視差の情報処理や奥行き・立体知覚においてどのような機能的分担がなされているのか、側頭葉皮質の損傷による奥行き知覚障害は頭頂葉皮質の損傷によるものとどう異なるのか、両眼視差情報と他の視覚属性(形や色など)の情報はどのように相互作用し最終的に「面の情報」となるのか、など新しい研究課題が多く生まれている。これらの解決が、奥行き知覚の脳内機構を知るうえで重要なステップである。

参考文献

(1) Fujita, I. (2003) The inferior temporal cortex: architecture, computation, and representation. J. Neurocytol., in press.

(2) Fujita, I., Tanaka, K., Ito, M., Cheng, K. (1992) Columns for visual features of objects in inferotemporal cortex Nature, 360: 343-346.

(3) Wang, Y., Fujita, I., Murayama, Y. (2000) Neuronal mechanisms of selectivity for object features revealed by blocking inhibition in inferotemporal cortex. Nature Neurosci., 3: 807-813.

(4) Uka, T., Tanaka, H., Yoshiyama, K., Kato, M., Fujita, I. (2000) Disparity selectivity of neurons in monkey inferior temporal cortex. J. Neurophysiol., 84:120-132.

(5) Tanaka, H., Uka, T., Yoshiyama, K., Kato, M., Fujita, I. (2001) Processing of shape defined by disparity in monkey inferior temporal cortex. J. Neurophysiol., 85:735-744.

(6) Shimojo, S., Paradiso, M., Fujita, I. (2001) What visual perception tells us about mind and brain. PNAS, 98:12340-12341.

(7) Watanabe, M., Tanaka, H., Uka, T., Fujita, I. (2002) Disparity-selective neurons in area V4 of macaque monkeys. J. Neurophysiol., 87:1960-1973.


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