視覚脳科学−ものを見る脳のしくみを追う

第20回 生理学技術研究会 平成10年2月19日、20日
大阪大学医学部認知脳科学講座 藤田一郎

 「ものを見る」ことの背景でなさねばならない脳の仕事を、物理学者リチャード・ファインマンは、「プールの一角にセンサーを置き、四方八方からやってくる波の様子から、プールの中の人たちの数、位置、動き、体つきを検出するようなものだ」と表現しています。この比喩は、われわれの脳が行っている視覚情報処理の全貌と難しさを、見事に要約しています。一方、数理学者デービッド・マーは、視覚を「外界世界の2次元投影である網膜像から、世界の3次元構造を再構築する過程」」と定義しました。これもまた、視覚の本質を歯切れ良く言い切っています。1次元方程式が2つしかない時に、3つの未知数を一義的に決定できないように、本来、2次元網膜像から3次元構造を.再構成することはできないはずですが、私たちの脳は、いともたやすく、それをやってのけます。それは、脳が、拘束条件と呼ばれるヒントを用いて、この計算を解いているからです。どんなヒントが用いられ、どうしてそれがわれわれにとって「適応的」なのか、そのヒントが個々の神経細胞の性質としていかに脳の中で実装されているのかを問うことは、視覚脳科学の目標の一つです。
 本講演では、まず、'いくつかの不思議な図形を見ていただきます。その内のいくつかは、おそらく中学高校時代の美術の教科書でも見たことがあるものでしょう。「なんだこれ。」「ふ一ん。」というつぶやきの後に、もう一歩、それらの図形について考察することで、皆さんご自身の脳が、どのような拘束条件を用いて、視覚情報を処理しているかを知ることができます。その後に、「物体像は、視線をちょっと変えただけではあまり変化しない」という拘束条件を使ってサルが3次元面構造を知覚していること、さらに、その構造を表現する細胞がサルの脳の中にあることを見いだした私たちの研究成果を紹介します。2次元網膜像から3次元物体像を復元していく過程の一端をつかんだのではないかと、私たちは興奮しています。


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